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青森市でも原子力防災対策が必要

  • 2014年6月23日
  • 読了時間: 2分

 福島第一原発から50キロはなれた福島県飯舘村はこれまで2011年3月11日の東日本大震災の日まで、原発マネーといわれるお金を東京電力や政府から交付されていませんでした。

 人口8千人弱の飯舘村は原発に依存しない村として酪農を中心とした農業を主産業に生計をたてていたのです。それが地震と原発事故に見舞われ、3月15日になって北西の風にのって大量の放射能をもつ放射性物質が空から降りてきたといわれています。

 3月13日の原発での水素爆発による放射能汚染を知らされず、しかも原発立地住民の避難者受け入れをしていた飯舘村は事故が発生してから40日後の2011年4月22日になってはじめて政府の指示で全損避難を開始、全村避難が完了したのは2011年6月22日のことだった。いまでも、立ち入り禁止区域は残り、それ以外の地域では、日中は避難先から自力で家に戻り、荒れ放題の農地を見回ったり、先祖の墓の手入れをしているものの、夜には避難先に戻らなければならないという生活が続いているのです。仮に、除染が進んでも、居住困難地域の指定が解除されても、自宅に戻るのは老人だけだといわれています。子どもや若い世代が帰宅するのは難しいといわれています。

 青森市は六ヶ所村の再処理工場から約60キロメートル離れています。青森市と六ヶ所村を直線で結んだ線上に千メートルを超す高い山はありません。したがって六ヶ所村の再処理工場で過酷事故が発生した場合、東風に乗ってまっすぐ放射能が青森市に飛来することも想定されています。青森市は飯館村の悲劇を教訓として、原子力防災計画をしっかりたて、それにもとづいた防災対策を普段からしておくことがひつようでしょう。


 
 
 

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